「ノーベル物理学賞、LEDの日本3人へ」

2014年10月08日

「ノーベル物理学賞、LEDの日本3人へ」

うれしいニュースが入ってきましたね。スウェーデンの王立科学アカデミーが7日、2014年のノーベル賞・物理学賞を青色発光ダイオード(LED)を開発した赤崎勇・名城大終身教授(85歳)、天野浩・名古屋大教授(55)、中村修二・米カリフォルニア大サンタバーバラ校教授(60)の日本人3人に授与することを発表しました。日本人のノーベル賞受賞は2年前に医学生理学賞を受賞した山中伸弥・京都大教授に次いで2年ぶり合計22人、そのうち物理学賞は6年ぶり、10人になりました。

天野教授は出張でフランスへ向かっている途中、トランジット(経由)のフランクフルト(ドイツ)で知ったそうです。日本時間の午前3時頃、フランスのリヨン空港に到着した同教授は、「何気なくパソコンを開いたらなんか出ていたのでびっくりして本当かな・・・と思って」と明かしました。お祝いのメールが300通ぐらい届いていたそうです。ただ、「非常にうれしいんですけど、お二人(赤崎氏、中村氏)は素晴らしい研究者であり、技術者であるので、そのお二人に名前を連ねさせていただいたということに名誉なことだと思います。究極の目的が学問というか、まあ何でも、人のために役に立つということ、そこに尽きると思うんですね。この材料は必ずできると分かっていたので、やるだけだった」とおっしゃっていました。
なんとも謙虚な方で、「今研究している材料はこれからもっともっといろんなところに使える材料なのでどんどん開発したい」と抱負を語っていましたが、普及が早かったことについては「多くの方々の努力が結集してできたものだと思います」。若い研究者に向けて--という問いかけに「私はけして才能溢れる人間ではないので、そういった人間でもこういう栄誉に浴することができたということは若い人たちもより身近に研究を感じられたのでは…」。ユーモアもあふれる素敵な先生ですね。

その天野教授の名古屋大学時代の先生、名城大の赤崎終身名誉教授には歴史を感じました。「私のころは(青色発光ダイオードは)とても20世紀中にはできないだろうと言われていたので、どんどんやめていく人もいましたし、ただ、巻き込んでやりたいことをやってきた。一言でいえばそういうこと」と淡々とおっしゃっていましたが・・・。旧制中学に通っていたころ戦争のため工場で働き、戦後の1949年、京都大学に入学。その年に湯川秀樹博士が日本人として初めてノーベル物理学賞を受賞したそうです。「敗戦直後でみんな元気が無い頃で、なんか明るくなったような気がしましたね」。ただし、「京都(大学)ではほとんど勉強しませんで、夏になると北アルプスのいろんなところ、山を歩いていました。よく友達と遊びまわっていて、社寺仏閣とか、あまり人が行かないようないろんなところへ行っていました」とか。
1964年、卒業して松下電器東京研究所に入所。当時の後輩が「研究を研究では終わらせないと。役に立つものを作りなさい。世の中に実際に商品として出回るものをやりなさい」と言っていたそうです。1981年、名古屋大学に移籍した赤崎教授は「自由に研究を続けられた」と言います。「その頃の名古屋大学というのは、そう言うとちょっとよくないかもしれませんが、ほとんど何もなかった。大きな装置とか。それで、好きなことをやれという」そんな中で研究を重ねた結果、1985年、青い光を出すのに必要な高品質の窒化ガリウムという物質の結晶化に世界で初めて成功。その赤崎さんに師事して共に青色LEDの開発に携わったのが天野教授なんですね。

アメリカにいらっしゃる中村さんはサンタバーバラ校で記者会見しました。1993年、独自の装置を使って明るい青色を生み出すことに成功して実用化へ道を開いた方で、一般の方でも覚えているかもしれません。研究者としては異色でしょう。愛媛県で生まれ育ち地元の高校から徳島大(工学部)へ。卒業(大学院)して同県・阿南市の今でいうベンチャー企業、日亜化学工業に入社して青色発光ダイオードの研究を始めたそうです。「入社して最初の10年間、(会社には)こういう半導体の技術がまったく無かった。ですから、青色をやる前の、その10年間が非常に苦労した」と言います。「青色の時はそれまでの過去10年間の技術を使って研究をしたというだけですから、まあ案外、簡単にできましたね」。
製品化に成功しましたが、会社から支払われた発明報酬は2万円。2001年、訴訟を起こし、3年後に東京地裁は要求した200億円の全額支払いを命じる画期的な判決がありました。結局、和解で8億円余が支払われることになったのですが、どこやへ寄付したということも聞きました。2000年に米国へ渡りますが、日本の研究者の立場へ大きな石を投じたことも功績と言われています。

発光ダイオードというのがちょっと難しいと思いますが、LEDの中で一方からプラスの電気が流れ、もう一方からマイナスの電気が流れます。この電気がぶつかった時に高いエネルギー状態になるのですが、このエネルギーを光に変えることができるのがこのLEDだそうです。光の3原色のうちこれまで赤と緑は研究開発されていたんですが、作れる色が限られていました。青色ができなかったんです。それを研究開発して、さらに実用化に成功したのが赤崎さんと天野さん、そして中村さんでした。これでいろんな色が表現できるようになったわけです。
現在、地球規模で消費されている電力の四分の一は照明だそうで、それをLEDに換えることができれば地球の資源を守ることにつながる。節電、エコとか言われることも可能になるわけです。一部ではかなり進んできていますが、いろんなことに使われてくると利用価値は非常に多きいです。信号機の青、街を彩るライトアップの光や大型ディスプレー、スマートフォン・パソコンのバックライト・・・東京スカイツリーは赤青緑の光の3原色のLED照明をミックスさせることでどんな色にもライトアップができるようになっています。ブルーレイ(ディスク)もこのLED技術ですね。

今や日常生活で当たり前になってきたこれらの光は、今回、物理学賞を受賞された3人が青色発光ダイオードを研究、開発し続けたからです。インタビューで話していましたが、中村教授は現在、レーザーダイオードに研究を進めているようです。どんなものなのか私には見当がつきませんが、すでにかなり前を走っているようです。LEDに限らず、日本もこういう研究者の方々へもっと自由に研究できるような環境を整えてあげられないものかと前から思っていました。それはさておき、すばらしい快挙でした。

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