「健さん、死す」」

2014年11月19日

「健さん、死す」」

昨日の昼間、奈良で仕事をしてきたんですが、往きの新幹線の電光掲示板で高倉健さんが83歳で亡くなられたと。悪性リンパ腫だった、というのを見て驚きました。奈良に行って1300人の皆さんの前でトークショーをやったんですが、冒頭でその話をしたら、ほとんどの方がまだご存じなくて、悲鳴にも似たどよめきが会場内にバーッ!とひろがったんです。あらためて、健さんという人は国民に存在感のある、人気のある人なんだなあと再認識しました。
突如入ってきた名優の訃報に驚きの声と悲しみの声が挙がっています。
寡黙な日本の男を演じ続けた高倉健さん。訃報が届いたのは昨日の正午前のことだったようです。「映画俳優 高倉健は、次回作準備中、体調不良により入院、治療を続けておりましたが、容態急変にて11月10日午前3時49分 都内の病院にて旅立ちました。生ききった安らかな笑顔でございました。病名 悪性リンパ腫 ・・・」
2014年11月18日付で所属事務所・高倉プロモーションから発表されたお知らせの文面には故人の遺志ですでに密葬を執り行ったこと、これまで、お励ましいただいた皆様への感謝とともに供花、供物などご遠慮させて戴きますといった文がありました。同事務所は「派手なことが嫌いなので、本人は静かに逝きたいと・・・」と説明しています。近親者などごく限られた方以外には固く伏せられていたようで、共演した方や親交のあった方々も突然の訃報に驚き、悲しみのコメントをメディアに寄せています。
1956年から205本の映画に出演されているそうですが、あらためてそのタイトルを見ていくと、どれを代表作として取り上げたらよいのか。1960年代では任侠映画、人気では「網走番外地」シリーズでしょうか。「日本侠客伝」、「昭和残侠伝」(唐獅子牡丹)シリーズ、藤純子さんと共演した「緋牡丹博徒」も同時代の若者たちを熱狂させました。安保、学生運動で騒然とした時代です。
新しい役作りを期して東映を退社した76年、第1作目の「君よ憤怒の河を渉れ(わたれ)」からはジャンルがガラッと変わりました。「八甲田山」「幸福(しあわせ)の黄色いハンカチ」「動乱」、「駅 STATION」「南極物語」「居酒屋兆治」、89年のハリウッド映画「ブラック・レイン」「ミスター・ベースボール」、そしてモントリオール世界映画祭で主演男優賞を受賞した「鉄道員(ぽっぽや)」・・・2012年の「あなたへ」まで、名作の主演を務めて多くの映画ファンを感動させました。一本入魂、映画に人生を捧げたと言って間違いないと思われます。映画を通じて日本人の男としてあるべき姿、理想像を人生に描いた方も多いのではないでしょうか。
私は高倉健さんに1度だけお会いしたことはあるんですが、何もお話はできなかった。機会があって映画の話ができたらよかったのに・・・と残念です。60代、70代~の皆さんにとっては石原裕次郎さん、美空ひばりさんが亡くなられた時のような衝撃ではないでしょうか。ご冥福をお祈りします。

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