「吉田沙保里の五輪敗戦」

2016年08月20日

「吉田沙保里の五輪敗戦」

吉田沙保里が負けたのには驚きました。いろいろ不安材料はありましたよ。年齢的なものとか、治りにくくなったケガ、昨年末には喘息の発症、レスリング以外のチームのまとめ役や個々の選手へのアドバイス、オールジャパンの主将としての役目も引き受けたりと・・・でも、それでも吉田佳保里なら克服して五輪4連覇の偉業を達成するだろうとみていました。
レスリン女子53キロ級の組み合わせの別の山から勝ち上がって来たのはライバルと見られたマットソン(スウェーデン)ではなく、この選手にフォール勝ちした米国のヘレン・マルーリス、24歳でした。前半の第1ピリオドは1-0で吉田がリード。ところが第2ピリオドが開始されて間もなく、投げ技を返されてバックを取られ1-2。これから、これからと思ったんですが・・・残り1分を切ってから2点を取られて1-4。ヤバい!ヤバいと思っているまま終了のブザーが鳴ってしまいました。
マルーリスにとって吉田佳保里は憧れの選手だったそうです。米国メディアなどは大番狂わせと大々的に報じたようです。彼女にとってこの1勝は、ただの1勝ではありません。ただ獲った金メダルではないんです。2002年からの世界選手権、20004年のアテネ五輪から世界一の両タイトルを昨年まで勝ち続けてきた吉田沙保里に五輪の決勝で勝った大きな大きな1勝、金メダルなんです。今回、勝って大騒ぎされるのは良しとして、負けて大騒ぎなる吉田沙保里のような選手になってほしいという気もしますが・・・それじゃ日本が困るか??
五輪4連覇が叶わなかった吉田選手、号泣を続けて「期待に応えられなくてごめんなさい、すみません」とインタビューのたびに何度も何度もに謝っていましたが、涙はリオに置いてきてください。立派な「銀」だと思います。メダルをかけて胸を張って日本へ帰ってきてください。彼女はたぶん、そうするんじゃないかと思いますけどね。

僕はアテネで初めて女子のレスリングが種目に採用されて、その時に沙保里ちゃんが「金」を獲った時からずっとオリンピックで見てきました。アテネでは勝ったあと、本当に喜んで、一緒にアテネの街を歩いて、足湯に浸かったりとか取材にも付き合ってもらいました。あのころは本当に楽しそうで、良かったな~と今、想い起されます。

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